大家好,我是小川。
大家都有体验过“手癖”这种东西吧。
就是那种——不由自主地、总是会这么做!
——之类的情况。
特别是画画的时候会经常遇到这种情况。
在画角色的时候,芥末当然也会画草稿。
轻轻地画出头和躯干的轮廓,
不知为何,头总是会画得偏大。
这个完全就是“手癖”。
虽然我一直想着“想改掉啊——”,但是……
现在回头想来,从刚开始画画到如今一路走来,
仿佛就是一个“手癖的破坏与创造”的历程。
破坏掉不好的手癖,把它改良成好的——就是那样的感觉。
然后,那些“以为是好”的手癖,
也会随着时代、随着自己的变化而变得套路化、陈旧,产生违和感。
再次将它打破再次探索新的……感觉就是这样不断循环的过程。
但是呢,手癖也并不全是坏事
无论好坏,它都是自己的画的作家性的一部分,
而且如果利用手癖来画,速度也会更快。
我最近开始觉得手癖就像人的成见,
如何打破这种固定观念,获得全新的感觉,
正是“获取属于自己的新表现方式”的关键线索。
而那种新的表现方式,总有一天也将成为自己的手癖。
就像这样,那些现在觉得“不好”的手癖,
说不定也能借由某个启发,成为升华成新表现的契机呢。
虽然烦恼永无止境,
但是为了追求更好的表现方式,
我接下来也想不断精进下去。
こんにちは わさびです。
手くせってありますよね。
無意識にいつもこうしちゃう!みたいなことですが、
特に絵をかいているとたくさんあります。
キャラクターを描くとき、わさびもラフを描くわけなのですが、
軽く頭そして胴のアタリを取るとき、なぜだか
頭が大きくなりがちなんですね。これは完全に手くせです。
直したいなぁ思っているのですが・・
いまにして思うと、絵を描き始めてから今に至っての道のりはその手くせの
破壊と創造だったなぁと思い返されます。
良くない手くせを壊し、良い手くせに作り変えるような感じ。
そしてその良いと思っていた手くせも時代とともに自分の中でマンネリ化してうーんとなって
また壊して模索して・・・の繰り返しな気がします。
でも、手くせも悪いことだけじゃありません。
よくも悪くもそれが自分の絵として作家性だったりしますし、
手くせで描ければより早く描けたりもします。
手くせは言わば固定観念に近いものだと最近感じるのですが、
いかにこの固定観念を破り、新しい感覚を手に入れられるかが
「自分にとっての新しい表現」を手に入れる糸口だなと、
そしてその表現がまた自分の手くせになっている気がします。
そんな感じで、いま良くないとおもっている手くせも
なにかヒントを得て、新しい表現に昇華するチャンスなのかもしれませんね。
そんなこんなで悩みは尽きませんが、
より良い表現をめざしてこれからも精進していきたいと思います。